エピソード1 蔵から出てきた、一冊のシアーズカタログ
啓芳堂の蔵から、表紙が擦り切れた分厚い洋書が見つかりました。アメリカの通信販売会社「シアーズ・ローバック」のカタログで、大正13年(1924年)ごろのものです。創業者がなぜこの一冊を手元に置いていたのか。ページをめくると、その答えが少しずつ見えてきます。
蔵の中の「洋書」

蔵から見つかったシアーズ・ローバック社のカタログ(シアトル版1924年と思われる)。表紙には当時のシアトル拠点の建物が描かれています。
表紙は破れ、紙は茶色く変色し、ページの端はぼろぼろに崩れかけていました。それでも中を開くと、色刷りの挿絵と細かな英文の商品説明がぎっしりと並んでいます。
創業者は当時、講談社で通信販売の事業に携わっていました。このカタログは、その仕事の参考資料として取り寄せたものだと思われます。
通信販売から始まったシアーズ
シアーズの始まりは1886年です。アメリカ・ミネソタ州の鉄道駅員だったリチャード・シアーズが、時計を郵便で売り始めたことがきっかけでした。その後、時計職人のアルヴァ・ローバックと組み、1893年に「シアーズ・ローバック・アンド・カンパニー」となります。
当時のアメリカでは、人口の多くが都市から遠く離れた農村で暮らしていました。近くに大きな商店はなく、欲しいものを手に入れるのは簡単ではありません。そこへ届いたのが、数百ページにおよぶシアーズのカタログでした。衣料品から家具、農具、家電まで、暮らしに必要なものがほとんどすべて載っていて、家にいながら注文できる。カタログは農村の人々にとって、いわば「家に届く百貨店」だったのです。
暮らしのすべてが載っている

「Boys' and Youths' Mackinaws」。子ども用の防寒コートだけで1ページが割かれています。

電気アイロン、トースター、コーヒー沸かし、掃除機。「頭金なし・月4ドル」の分割払いも案内されています。

電話機だけでなく、碍子(がいし)や電柱に登るための道具まで掲載されています。

「配管も水道も不要」の室内用トイレ。上下水道が整っていない農家向けの商品です。
ページをめくると、その品ぞろえの幅広さに驚かされます。子ども服、化粧品、最新の電化製品、電話機の部品、さらには水道のない農家のための室内トイレまで。当時のアメリカの、あらゆる暮らしの場面に合わせた商品が揃っています。
戦前、講談社で通信販売を手掛けていた啓芳堂創業者はこのカタログを眺めながら、日本で通信販売に何が求められるかを考えていたのでしょう。遠く離れたお客様に、必要なものを確かに届ける。創業者もまた、日本で通信販売の夢を抱いていたのだと思います。

丸印がつけられたページ
化粧品ブランド「ポンペイアン」のページ。なかでも目を引くのが、化粧品のページです。マッサージクリームとナイトクリームの2品が、赤い線でぐるりと囲まれていました。
数ある商品のなかで、創業者が印をつけたのは化粧品やクリーム製品でした。この関心が、のちの「ビウラ」、そして「ミクロゲンパスタ」へとつながっていきます。一冊のカタログにつけられた小さな印が、啓芳堂の歩みの出発点のひとつだったのかもしれません。
紙からネットへ、変わらない価値
シアーズはその後、1925年に実店舗の展開を始め、全米の小売流通をリードする存在になりました。しかし時代が進み、Amazonをはじめとするネット通販が台頭すると、多くの店舗が姿を消していきます。
シアーズが一般向けの大型カタログの発行をやめたのは1993年でした。その翌年の1994年にAmazonが創業しています。「何でも揃っている」網羅性と、「家にいながら買える」便利さ。シアーズのカタログとAmazonが追い求めてきた価値は同じもので、その舞台が紙からインターネットに移っただけなのかもしれません。
シアトルのあの建物は、いま

このカタログの表紙に描かれているシアトルの建物は、現在スターバックスの本社「スターバックス・センター」として使われています。100年前に創業者が眺めていた表紙の建物が、いまも同じ場所に建っているのです。いつか、この目で見に行ってみたいと思っています。

